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鼈の独り言(妄想編)

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人類が唯一根絶できた感染症 天然痘

 1970年生まれの自分にはまだ、肩に花びらのような、またはハンコのような跡がある。日本での種痘接種は1976年に中止になり(正式に中止になったのは1980年)跡を残すことのない時代になってから数十年が経過するが、それまでに人類が被ってきた災厄は計り知れない。今回はその災厄の原因、天然痘のお話である。

 天然痘は人間のみに感染、発症させるウイルスであり、高い死亡率と強い感染力、そして治癒した後にも痘痕が残り、罹患者の精神的苦痛を残す病であった。罹患者の死亡率には色々な説があるが、40~50%というのが一般的な値と言われている。これは例えば狂犬病の発症後の死亡率がほぼ100%なのに比べれば低いといえるが、感染力が強く発病までの潜伏期間が1~2週間後とかなりの移動ができる時間であり、ひとたび流行が起きるとエピデミック(地域的流行)となり、部族単位での全滅や国家の存亡に関わる病気であった。紀元前430年、ペロポネソス戦争で籠城作戦をとっていたアテナイの城壁内で天然痘が発生し、アテナイはこの戦争に敗れ、政治的にギリシャの盟主から脱落してしまうなどの惨事を天然痘はもたらしている。20世紀に入ってもソ連の指導者ヨシフ・スターリンは天然痘の痘痕が顔に残っており、影武者との識別点と言われている。
 日本には元々天然痘のウイルスは存在しなかったと言われているが、6世紀中頃に国内に入ってきたと思われ、用明天皇(聖徳太子の父)は天然痘で亡くなったと言われている。奈良時代には政治の中枢にいた藤原四兄弟が揃って天然痘で亡くなり、度重なる遷都や東大寺大仏造営などが行われている。時代が下がっても天然痘の猛威は衰えず、伊達政宗は罹患して片目を失明しており、徳川家光や吉宗なども罹患し、幕末の孝明天皇の死因も天然痘と言われている。

 天然痘は罹患してしまうと根本的な治療方法は無く、対処療法しかすべはなかったが、一度罹患したものは発病しないことが経験的に知られていた。このため天然痘の患者の膿を健康な人に接種し、軽い天然痘を発病させて免疫を作る方法が行われていた。しかしこの方法は治らずに死亡してしまうこともあり、安全性に問題があった。
 18世紀に牛の病気である牛痘に罹患した患者も天然痘に対して免疫を持つことがわかってきた。牛痘は人間が罹患しても症状は軽く、痘痕もまれに手足の指に残る程度で安全性が高いことがわかり、1798年イギリスのエドワード・ジェンナーが使用人の子供に牛痘を接種し、回復後に天然痘を接種したところ、発病しなかった。人類はようやく天然痘に対抗できるワクチンの開発に成功したのである。

 日本ではこれに先立つこと6年、1792年に秋月藩で藩医の緒方春朔が天然痘患者から採取した膿を粉末化したものを木のへらで鼻孔に入れるという方法での免疫確立に成功している。さらに1810年に牛痘法がロシアから帰国した中川五郎次によってもたらされる。幕末には緒方洪庵により牛痘法の普及が行われ、日本での天然痘患者は急速に減ってゆく。しかし日本での自然発生の天然痘患者が0になるのは1955年。緒方春朔からは160年、緒方洪庵からでも100年以上の歳月がかかっている。ちなみにワクチン接種の副作用で天然痘の症状が出てしまうことを仮性天然痘と言うが、日本での最後の仮性天然痘の患者となったのはお笑いコンビ「オセロ」の中島知子である。

 天然痘はたとえワクチンにより免疫を取得しても、免疫の持続年数は5~10年と言われ、感染力の高さや移動手段の向上により人間の行き来が世界規模になるとパンデミック(汎発流行)を起こす危険がある。反面天然痘ウイルスは人間のみが感染し、他の動物がキャリアになることは無く、ワクチンによる感染予防による根絶が可能であった。WHOは1958年に「世界天然痘根絶計画」を立案し根絶を推進する。20年の努力の結果自然発生の天然痘患者は1977年のソマリアでの発生を最後にいなくなり、三年後の1980年WHOは天然痘の根絶宣言を行っている。現在までのところ、人類が根絶できた感染症の唯一の例となっている。

 現在、自然界に天然痘ウイルスは存在しないと言われ、そのため自分のような種痘接種を受けた世代を含めてほとんどのヒトは天然痘に対する抵抗力を持っていない。それに伴って「テロ」という新たな問題も持ち上がってきている。かってアメリカ大陸に居住していた人々は天然痘ウイルスに対する抵抗力を全く持っておらず、ヨーロッパからもたらされた天然痘により多くの人が命を落とすことになった。もし「天然痘ウイルス」を使ったテロが起きたとしたら、その被害は計り知れない。実際1978年にイギリスで保管されていた天然痘ウイルスが漏れだし、それにより罹患した女性が亡くなっている。今のところ天然痘で死亡した最後の患者がこの女性であるが、今後「最後の患者」という言葉が別の人物に使われる可能性は0ではない。

 昔プールの時間など当たり前に見ていた「種痘の跡」今後この跡を持っている人が減ってゆき、ついにはいなくなる。そういう未来であってほしいと切に願うところである。
by narutyan9801 | 2013-03-08 09:17 | 妄想(病気) | Comments(0)