鼈の独り言(妄想編)

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2018年 01月 12日 ( 1 )

Phoney War ~宣戦布告後半年以上続いた「まやかしの戦争」~

 1939年は第一次世界大戦終結から21年。当時の人間の一生の時間でも隔世というには短すぎる時間であった。人間が初めて体験した人類を滅亡させかねない長く激しい戦いは個人の記憶として生々しく残っていたろう。この年人類は再び世界大戦を始めることになるのだが人々の第一世界大戦の記憶は戦いを始めることを躊躇わせるのに十分だった。今回は第二次世界大戦の緒戦で繰り広げられたファニーウォー(Phoney War)を考察したい。

 1939年9月1日にドイツはポーランド侵攻を開始、その二日後の9月3日にイギリス・フランスはドイツへ宣戦布告するがこの時点ではイギリス、フランスともにドイツに対する戦備はまったくといっていいほど行われていなかったのである。ポーランドとフランスは軍事同盟を締結しておりイギリスも1939年春からはポーランド寄りの外交を行っていたが情勢が一変したのは1939年8月23日の独ソ不可侵条約締結であった。独ソ不可侵条約締結までの英仏の外交方針は最悪ポーランドは切り捨てるという方針だったろう。不倶戴天の敵同士と見られていた独ソが手を結ぶというのは想定外でさすがにドイツはポーランド全土を併合してソ連と国境を接することはせず、また仮にそうなったとなれば今度こそドイツと妥協できるという考えがあったのではなかろうか?しかし独ソが手を結ぶという事態になるとさすがに妥協の余地は無くなっていた。ドイツは英仏にポーランド侵攻の意思を秘密裏に伝え両国がポーランドを支援しないよう交渉を行っている。この交渉は最終的に決裂し9月3日の英仏の対ドイツ戦線布告に至るのである。独ソ不可侵条約締結から英仏の宣戦布告までわずか10日あまり、戦備を整える暇を与えないドイツの外交的電撃戦とも言えよう。

 宣戦布告後英仏は動員令を発しフランスのドイツ国境には英仏の両軍が集結するがドイツ側は若干の守備隊が警備しているだけであった。ポーランド侵攻に主力部隊を投じていたためである。ポーランド侵攻前この状況はフランス方面からの侵攻があった場合耐えられないとドイツ陸軍は多くの守備隊を残すようヒトラーに進言していたがヒトラーはフランス側の侵攻は無いと判断し最小限の守備隊の残置でポーランド侵攻を行ったのである。ヒトラーの判断が英仏の宣戦布告は無いという判断だったか、それとも宣戦布告しても侵攻はないという判断だったかはっきりしないが結論から言えばこの判断は正しくフランス側からは一個連隊規模の威力偵察的な侵攻があったのみであった。
 ポーランド侵攻に投入された兵力は侵攻終了後次々とフランス国境に集結する。ヒトラーはフランス侵攻には強気であり11月中のフランス侵攻を指示していたが悪天候が重なり空軍の移動が遅れフランス侵攻は翌春まで延期となってしまう。国境を挟んで両軍は睨み合っていたもののプロパガンダの応酬程度で次第に緊張感が緩み前線では配給品の物々交換なども見られるようになったと言われている。こうした状態が1941年5月10日のドイツのフランス侵攻作戦が開始されるまで半年以上続くことになる。

 フランスは第一次世界大戦の緒戦侵攻してきたドイツ軍前面に騎歩兵の突撃を敢行して機関銃になぎ倒され多大の損害を被った苦い経験があり自らの侵攻にはきわめて慎重であった。国防の基本からドイツ国境のいわゆるマジノ線での防禦で敵の戦力を削って後の反撃を主体としている。この状況では宣戦布告後速やかな侵攻は無理だったろう。それでもドイツ軍の状況を把握して強引に侵攻すれば勝機はあり得たのか?個人的な意見になるがこれもかなり難しいと思われる。侵攻があった場合ドイツ軍守備隊は出来うる限りの遅滞戦術を行うだろう。フランス軍の中には後のフランス大統領ド・ゴールの様に電撃戦を模索する人物もいたのであるが後のドイツ軍が行ったような電撃戦を行える思想も練度もこの時点では無かったといえる。おそらく侵攻半ばでドイツ軍の迎撃に遭い大きな損害を出して撤退というのが管理者の考えた仮想のシナリオである。

 このPhoney Warは陸上の話だけで海では両軍の激しい戦闘が緒戦から起こっている。海戦と同時にドイツの潜水艦部隊は活動を開始し開戦直後の1939年9月17日には英空母カレイジャスがU39に撃沈され10月14日にはスカパフローに進入したU47により英戦艦ロイヤル・オークが撃沈される。一方ドイツ側も12月17日にモンテビデオ港外に追い詰められたアドミラル・グラーフ・シュペーが自沈している。数的劣勢であったドイツ海軍は通商破壊戦で英国の疲弊を誘う戦略をとっていたが通商破壊戦は常に相手に損害を与え続ける必要があり戦機を待つ余裕は無かったのである。

 1940年にドイツ軍は北欧諸国侵攻を行う。スウェーデンで産出される鉄鉱石はドイツの戦争遂行に必要不可欠なものと考えられていた。スウェーデンは中立国でありドイツは侵攻しなかったがその積み出し港として重要なノルウェー、そしてスカンジナビア半島を扼することができるデンマークへドイツは侵攻、これを占領する。さらに5月10日にはフランスへ侵攻を開始し「Phoney War」は本物の戦争となるのである。

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 イギリス空軍のハンドレページ・ハンプデン(発音はハムデンに近いそうな)爆撃機。第二次世界大戦開戦直後は本機を含む英国爆撃機がドイツ爆撃を行っているがプロパガンダ目的のビラ撒きを行ったこともある。イギリス空軍は昼間の爆撃でドイツ空軍の迎撃により大きな損害を受け主に夜間爆撃を行うことになる。

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by narutyan9801 | 2018-01-12 00:49 | 妄想(歴史) | Comments(0)