鼈の独り言(妄想編)

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ボストン糖蜜災害 ~甘い物に破壊されたボストン~

 多くの人々にとって「甘いもの」というものは人生を通じての「友」となっている。管理者もやはり甘いものには目がない(飲酒も状況によっては嗜むので、俗に言う両刀使いである)。人間と深く結びついている甘いものであるが、特殊な条件下では町を破壊する「凶器」に変貌することがある。今回は甘味料が引き起こした災害「ボストン糖蜜災害」を考察したい。

 糖蜜とはちょっと聞きなれない言葉であるが、砂糖を精製した際に生じる副産物の液体である。現在甘いものの基準となるものは精製された砂糖になっているが、砂糖が貴重品だった時代は糖蜜が長く標準的な「甘いもの」として利用されてきた。さらにサトウキビの精製後の糖蜜は「ラム酒」の原料となり、副産物とはいえ多くの需要があったのである。当時のボストンは糖蜜の生産が盛んで、生産された糖蜜はマサチューセッツ州の蒸留工場へ輸送されていた。このためボストンの貨物駅に高さ17.7m、長さ27mの巨大なタンクが建造され、大量の糖蜜がここに貯蔵されていた。それが1919年1月15日、大音響と共に突然破裂し貯蔵されていた糖蜜が一気に流れ出したのである。

 糖蜜は粘度が高く流れにくいものであるが、逆に粘度が高いせいで流れ出た先端部では2~4mもの高さになった糖蜜が高い圧力で押し出され時速60キロメートルのスピードで家々に突進し、なぎ倒してしまう。駅にあった蒸気機関車も糖蜜の圧力によって流されるほどの圧力であり、この津波に衝突され、その衝撃で即死した人もいるほどであった。結局糖蜜の津波に巻き込まれたり、建物の倒壊により21人が死亡する大惨事になってしまう。ボストンの町に溢れでた糖蜜の処理には半年以上の時間がかかり、町に染み着いた糖蜜の香りは30年後でもとれなかったと言われている。

 この事故は様々な要因が重なって発生している。そもそもの原因は糖蜜を詰めたタンクの強度が容量(950万リットル)を支えるには不十分であったことが裁判で証明され、建造した企業は賠償金を原告の住民に支払っている。
 根本的な原因は設計ミスであるが、崩壊に繋がるまでタンクに糖蜜を詰め込んだ要因には「禁酒法」という要因も指摘されている。事故発生当日は禁酒法が承認される前日であり、それまでになるべく多くのアルコールを精製しようと生産された糖蜜が容量いっぱいにまで入れられていた可能性が高い。そこへ気温の上昇が重なってしまった。ボストンでは事故の3日前にマイナス30度を記録する寒波に見舞われたが、それが事故当日にはプラス8度まで上昇していたと言われている。冷え込んで容積が減った糖蜜をタンクに詰め、温度の上昇で容積が増えたため圧力がかかり崩壊に繋がったという説。また糖蜜の分解が進み発生したガスの圧力で崩壊したという説もあげられている。いずれにしても設計ミスと運用ミスが重なっての事故であることに間違いはないだろう。

 ちなみにタンクを運用した会社は裁判でタンクの破裂は無政府主義者のテロによる爆破であると主張しているが認められなかった。この主張そのものは会社の責任逃れのいいわけにすぎないが、考えてみると人々に幸福感をもたらす「甘いもの」がテロに利用できるというのはちょっと怖い気持ちもする。

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                   災害直後のボストン駅周辺の惨状を写した写真
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by narutyan9801 | 2013-08-20 10:08 | 妄想(事件・事故) | Comments(0)