人間の血液は体外に露出すると凝固する性質がある。これは染色体の中に血液凝固因子がありそれが作用するためであるが、この遺伝子が正常に機能しない場合、血液の凝固が起こらず人体に様々な影響を及ぼす場合がある。今回はこの血液凝固因子が正常に機能しない病「血友病」を考察したい。
血友病は染色体の血液凝固因子のうちⅧ因子、ないしⅨ因子の欠損、または活性低下によって引き起こされる病気である。Ⅷ因子の異常による血友病を血友病A、Ⅸ因子の異常によるものを血友病Bと呼んでいる。血友病AとBの発生比率は1:5と言われている。
血友病を発症するのはほとんどが男性である。これは人間の染色体の構造によるためである。血液凝固因子は性染色体上に存在する。性染色体は人間の男性は1本(XY)、女性では2本(XX)存在する。女性は性染色体が二本あるため正常な遺伝子が補完し血友病が発生しないためである。説明のため仮に血友病発生因子を持つ染色体をxとして説明すると
血友病の男性 xY
因子を持たない女性 XX との子供は
血友病を発症しない男性(XY)と血友病の保因者の女性(xX)のいずれかの誕生になる。
血友病の男性 xY
保因者の女性 xX との子供は
血友病を発症しない男性(XY)と血友病を発症する男性(xY)と保因者の女性(xX)と血友病を発症する女性(xx)のいずれかの誕生になる。
因子を持たない男性 XY
保因者の女性 xX との子供は
血友病を発症しない男性(XY)と血友病を発症する男性(xY)と因子を持たない女性(XX)と保因者の女性のいずれかの誕生になる。
両親共に血友病患者であれば、子供も血友病を発症してしまう。
と、メンデルの法則に則った法則が成り立つのであるが、必ずしも遺伝的な発症のみではなく、血友病の発生のうち1/4が両親いずれの血統にも血友病患者がいない「突然変異」的な発症との報告もある。
血友病の症状であるが、血液の凝固不良による出血、特に内出血(深部出血)が多い。たびたび同じ部位に出血を起こすと組織の変形などを起こすこともある。治療としては血液凝固因子を体内に注入する方法が主なものである。適切な処置を行えば健常者と変わらない日常生活を送ることができる。かってこの血液凝固成分に肝炎ウィルスやエイズウィルスが含まれており、血友病患者が感染する事件が起こっている。現在は動物起因のタンパク質を使用しない血液凝固材が使用されている。Ⅷ因子、Ⅸ因子共に肝臓で生成されることがわかり、生体移植で血友病が完治した例も存在する。
遺伝子の問題が病気の原因であり、遺伝子治療の可能性も模索されていたが、臨床試験で白血病を発症させる確率が高いことが判明し、現在は断念されている。
歴史的に血友病を見てみると、19世紀後半から20世紀前半のヨーロッパ王室で血友病の発症者が多いことが分かっている。この血筋を辿ってゆくとイギリスのヴィクトリア女王にたどり着く、彼女の血筋にも夫のアルバート公にも祖先に血友病の患者はいなかったと思われるので、突然変異的な発生であったと思われる。ヴィクトリア女王から見て曾孫に当たるロマノフ朝ロシア皇太子アレクセイも血友病患者で、彼の治癒を祈祷した人物がロシア帝国崩壊の要因の一つとなった怪僧ラスプーチンである。
血友病は遺伝により発病するため、体外受精による選別で発症を防ぐことは現在の医学でも可能と言われている。ただ受精卵の選別が人間が行ってよいものかどうかという倫理的問題が大きく、難しい判断が必要であろう。