鼈の独り言(妄想編)

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戦艦ジャン・パール ~二度戦争に間に合わなかった、最後に完成した戦艦~

 「戦艦」の歴史は1860年竣工の英国艦「ウォリアー」に始まると言われている。戦艦の定義は「強力な砲撃能力と高い防御力」を持った艦とされ、ミサイル兵器が発達した第二次大戦後は新たに建造されることはまずないだろう。すでに兵器としては「絶滅」したといえる戦艦、その最後に完成した艦は「二度、完成が間に合わなかった」戦艦として有名である。今回はおそらく「最後に完成した戦艦」となる仏戦艦「ジャン・パール」を考察したい。

 戦艦「ジャン・パール」リシュリュー型戦艦の二番艦として1936年12月に起工されている。特徴はなんといっても主砲の配置で、38センチ砲四連装砲を艦橋の前後に1基づつ配置している。これは防御力を集中させるための措置であろうといわれている。速力は計画では150,000馬力で32ノットを計画していた。これは仮想敵国であるドイツの巡洋戦艦シャルンホルスト級に近い速度を出すことが出来、同艦に対抗するために計画された艦といっていいだろう。フランスはドイツと隣接しているため。海上勢力をドイツに優越させるメリットは大きくなく、ドイツ海軍を凌駕する艦艇を整備する必要性は乏しかった。それに軍事費はドイツ国境の要塞「マジノ線」の強化に優先的に配分されていたのである。それでも第二次大戦の足音が近づいてくるとジャン・パールの建造は急がれるようになる。
 1939年の第二次大戦開戦後も、フランスとドイツの国境ではほとんど戦闘は起きなかった。半年以上にわたって「まやかしの戦争」が続いた後、ドイツ軍は行軍不能とされ防御が薄かったアルデンヌの森を突破してフランス領内になだれ込んだ。多大な費用と時間をかけたマジノ線は無力下され、ドイツ軍はジャン・パールが建造されているサン・ゼナール港に迫ってきたのである。

 ジャン・パールは1940年4月に進水していたが、ドイツ軍の侵攻の際はまだボイラーは一つの搭載が終わったところで主砲も前部砲のみ搭載されただけであり、射撃照準装置は搭載されていなかった。このままではドイツ軍に接収されることは明白だったので、ジャン・パールはこの状態のまま書類上は完成とされ、サン・ゼナール港を脱出する。艦の防水テストも省略された決死行であったが、無事にモロッコのカサブランカに入港することができ、ここでヴィシー政権の所属艦となり未完成部分の工事を行うことになる。とはいえ本国から離れたところで本格的な工事は行えず、主砲は前部砲のみ使用可で我慢し、照準装置は測量用の機器を改造して用いることになる。

 1942年に連合国の北アメリカ上陸作戦「トーチ作戦」でカサブランカにアメリカ軍は攻撃を加える。ジャン・パールも攻撃され一時的に主砲発射不能に陥るが、応急修理で回復、11月10日にはアメリカ海軍に主砲で反撃し撃退することに成功する。その後アメリカ海軍戦艦「マサチューセッツ」の砲撃等で浸水、着底しヨーロッパの戦闘が収まるまで本格的な修理は行われなかった。

 ドイツ降伏後、ジャン・パールは引き上げられ工事が再開される。連合国の他の国では戦後残っていた戦艦も一部の新造艦を除いて除籍、解体してゆくことになるが、フランスはジャン・パールを完成させなければならない事情があった。
 最終的に戦勝国になったとはいえ、フランスは一度はドイツに敗れて降伏しており、国家の威信は地に落ちていた。フランスの植民地では独立運動が起こり、これを押さえるためには国家の威信回復を計らねばならない。それには「象徴」としての戦艦が必要とされたのである。独立運動が独立戦争になる前に竣工させたいという考えの元、ジャン・パールは竣工を急ぐ。第二砲塔もドイツ軍に持ち去られた姉妹艦「クレマンソー」のものを流用するなどの結果、1949年についに完成する。起工から13年かかっての完成だった。

 しかし、すでにフランスの東南アジアの植民地ベトナムでは独立戦争が本格化しており、戦艦の竣工による威信回復は果たすことができなかった。ジャン・パールは地中海艦隊に配属され、第二次中東戦争ではエジプト沖に派遣されるが主な軍事行動はこれのみで、完成からわずか7年後には予備艦となり、1961年には除籍、1970年に解体されその生涯を終える。現役艦だった期間は起工から完成までの期間の半分強だけだった。

 ジャン・パールは数奇な運命で「一番最後に完成した戦艦」となってしまった。その生涯で二度、完成が間に合えばという局面があったが、たとえ完成していても大きな変化はなかったと思われる。ドイツ軍のフランス侵攻に完成が間に合ったとしても、ドイツ戦艦は戦闘を回避することが多く、戦闘を行うことなく後にトゥーロンで自沈してしまった公算が高い。インドシナ戦争に間に合っても戦争が始まればベトナムの戦場では出番はなかったろう。
 戦略兵器としては必要な時期に間に合わなかったジャン・パールではあるが、戦艦の存在意義は「敵主力艦と雌雄を決する」ことにあり、戦術兵器としてみると未完成の状態とはいえ敵戦艦と砲火を交えており、ジャン・パールは「最後の戦艦」としては満足すべき生涯を送れたような感じもするのである。
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by narutyan9801 | 2013-04-09 20:08 | 妄想(軍事) | Comments(0)