鼈の独り言(妄想編)

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ステラーカイギュウ 滅び去った北の海の優しき巨獣

 その動物は発見からわずか27年で絶滅してしまった。体重10トンを越える巨体を持ちながら、身を守るすべを持たなかった。彼らは仲間意識が強く、傷ついた仲間がいるとそばに寄りそう習性があったという。その優しさが徒となり、ついには人間に狩り尽くされてしまった。その悲劇の動物の名をステラーカイギュウという。今回はこの動物を考察してみたい。

 ステラーカイギュウはジュゴンやマナティと同じ海牛目に属する動物である。ジュゴンやマナティと祖先は同じで、暖かい海でアマモを主食にしていた祖先から、寒冷な海に適応した動物で、ステラーカイギュウは寒冷地適応海牛目の最後の生き残りであった。

 ステラーカイギュウの特徴は歯と前足の指が退化したことにある。ステラーカイギュウの顎の内側は靴底状の板になっており、これと唇で昆布などをちぎって食べていた。咀嚼能力はほとんど無く、丸飲みにした海草は長い消化器官でゆっくりと消化していたらしい。
 さらに特徴的なのが前足の指の退化である。鯨ですら鰭状になった前足に指の骨を残すが、ステラーカイギュウは指の骨が痕跡すら残さず退化してしまい、骨格標本の前足をみると手の甲の骨の先が無く、こん棒のような形状で異様な感じを持つ。これは海洋に適応したというものではなく、むしろステラーカイギュウが陸地から離れられなかった証拠だと思われる。ステラーカイギュウより以前の寒冷地適応海牛目であるピリカカイギュウ、ヤマガタカイギュウなどには指の骨が残っている。最後の種であるステラーカイギュウが指の骨を退化させたのは骨が残ると厄介なことがあったと思われる。ステラーカイギュウの観察記録では彼らはよく岩場にあがって休息しているのが観察されている。おそらく彼らが岩場にあがる際、体重10トンを越える巨体を支えるには指は不要であり、むしろ指を無くしてこん棒のような前足の方が好都合だったのだろう。そしてこれは前足を推進力にしたり舵の役割を必要としない彼らの生態をも表している。彼らはほとんど潜水ができず、常時体の一部の水面から出して生活していたらしい。この「海で生活しながら潜水できない」という彼らの生態が後の悲劇に繋がる。

 ステラーカイギュウはかっては北太平洋に広く分布していた。日本でも北海道、千葉県からステラーカイギュウの化石が発見されている。彼らの生息地域が縮まったのはおそらく氷期と間氷期の海面上昇が起こったことが原因と考えられている。そして人間に発見される頃には現在のベーリング島周辺がステラーカイギュウ最後の生息地になっていた。発見されたときの生息頭数は約2,000頭と言われている。最後の生息地となったベーリング島でも環境は厳しく、流氷に覆われる冬季は餌が採れず、ステラーカイギュウは絶食状態で過ごし、骨が浮き出るまで痩せると記録に残されている。

 そんなステラーカイギュウの最後の生息地に人間がやってきたのは1741年、アラスカ探検を終えたベーリング隊一行だった。ベーリング隊は嵐に遭遇し現在のベーリング島に座礁してしまう。隊員の多くが壊血病を患い、隊長のベーリングを含む半数以上の隊員が死亡するが、生き残った隊員たちは探検に参加していたドイツ人の医師であり動物学者でもあったゲオルグ・ヴィルヘルム・シュテラーの指揮の元難破した船からボートを制作し、島からの脱出に成功、カムチャッカ半島のペトロパブロフスクに生還する。この時隊員たちの命を救ったのがステラーカイギュウであった。ステラーカイギュウ一頭からは3トンもの肉、脂肪、毛皮が採れ、食料や被服、ランプの油などを賄うことが出来た。シュテラー自身もロシアの首都ペテルブルクに帰還途中病死するが、死語遺稿を纏めた手記が発行され、これに自身が観察した巨大な海牛のことが載せられていたため、海牛の名前はシュテラーの名前を冠することになる。しかしその頃当のステラーカイギュウは悲劇に襲われていた。

 捕獲が簡単で大量の肉、皮が得られるステラーカイギュウはすぐさま狩猟のターゲットになる。ステラーカイギュウは岩場で休息していることが多く、たとえ海に逃げても長時間潜水できずすぐに浮いてくるため、しとめるのは容易だったという。しかし死体を運ぶのは容易ではなかったため、猟師はしとめたステラーカイギュウを放置し、海岸に打ち上げられるのを待っていたといわれる。もちろんすべてのステラーカイギュウが打ち上げられるわけはなく、多くのステラーカイギュウの死体はそのまま流されてしまった。またステラーカイギュウは仲間間の絆が強く、仲間が傷つくとその仲間に近寄ってきたといわれ、このため群れ全頭が捕獲されてしまったこともあったという。
 ステラーカイギュウは妊娠期間が長く、出産も一頭だけなので瞬く間に数を減らしてしまう。1768年にベーリングの探検隊に加わっていた隊員の一人が島を訪れ、数頭のステラーカイギュウを殺した記録を最後に、ステラーカイギュウの記録は途絶えてしまう。ステラーカイギュウらしい動物の目撃情報は現在もあるが、体長7mを越える長時間潜水できない巨体動物が数百年間人目につかずに生息しているのは疑わしい。残念ながらステラーカイギュウは発見から27年で狩り尽くされてしまったのである。

 発見時にステラーカイギュウは動物の種としての衰退期にあったことは確かである。さらに人間に狩り尽くされ短時間で絶滅したことは動物史にとっては悲劇だろう。だが当時の猟師たちに絶滅の責任を負わせるのは少々酷な気がする。彼らとしては獲物が居たから狩りをしたにすぎないだろう。今の我々はステラーカイギュウの絶滅までの経緯を知ることができる。現在の地球上では多くの動物が絶滅に瀕している。ステラーカイギュウの絶滅の経緯を知り、それに対処する方法を考えるべきであろう。

 1780年にシュテラーの記録により、ステラーカイギュウに学名(Hydrodamalis gigas)の学名が与えられた。当のステラーカイギュウは絶滅し、発見者のシュテラーも世を去って30年以上過ぎてからのことである。
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by narutyan9801 | 2013-03-13 18:20 | 妄想(生物) | Comments(0)