鼈の独り言(妄想編)

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アル・カポネとエリオット・ネス 最後の会話

 今日も興が乗ったので妄想を一つ書いてみよう。

 アル・カポネとエリオット・ネス、映画「アンタッチャブル」でケヴィン・コスナーとロバート・デ・ニーロの両名優が魅力的な二人を演じているのを知っている人も多いだろう(余談ではあるが管理者は携帯の着信音を数年間アンタッチャブルのテーマ曲にしていた)映画の終盤デ・ニーロ演じるカポネが陪審員の有罪の評決に激昂し、そこにコスナー演じるネスが高らかに勝利宣告するシーンは印象的だが、こちらは映画の脚色で、二人の最後の会話はまったく違った形で交わされていたのである。映画のような派手さはないものの、こちらもなかなか印象的な話である。

 カポネの有罪の評決は、映画と同じように買収された陪審員を入れ替えられての評決であった。ただし、買収が分かったのはネスの活躍ではなくカポネの部下の密告からである。カポネ側は買収という最終手段があるため弁護に手を抜いていたらしく、後に状況を再現した模擬審判ではカポネ側が無罪を勝ち取っている。

 有罪の判決を聞いたカポネは、激昂しそうな感情を抑え表面上は冷静さを保ったといわれている。彼にはまだ再審請求により審議をやり直せるという望みがあったからかもしれない。しかし1932年5月2日に再審請求が却下されると彼は観念する。翌日カポネはアトランタ刑務所に向かうが、その途中でネスと出会うのである。

 この出会いは偶然ではなく、有罪が確定したカポネの姿を確かめようとネスが出向いたといわれている。二人はお互いの姿を認めると少し立ち話を交わしたという。映画のようなつかみ合い寸前の様なことはなく、静かな会話だったらしい。この会話ののち、二人が出会うことはなかったのである。

 カポネはアトランタ刑務所、後にアルカトラズ刑務所に収監される。刑務所ではギャングのボスだった面影は消え失せ、従順な囚人として過ごしている。囚人のストライキにも参加せず、他の囚人の恨みを買いハサミで刺されるなどのトラブルに巻き込まれたりもしたが、まず模範囚といえる囚人だったという。しかし次第に彼の言動は常軌を逸してくる。彼は梅毒を患っており、脳が病に冒されていったのである。1939年にカポネは出獄するが、病魔におかされた彼が暗黒街に帰ることはなかった。フロリダに移住したカポネは梅毒治療のため民間人として初めてペニシリンを投与されるなど治療につとめたが1947年1月25日に息を引き取った。晩年の彼は病魔に冒されたものの家族と過ごし、日本風に言えば畳の上で死ねたことに関しては望外の幸せではなかったろうか?

 一方のエリオット・ネスのその後であるが、彼はカポネ収監後FBIに入ることを望んだが採用されなかった。一説にはFBI長官フーバーがFBIが逮捕できなかったカポネを捕らえたネスに嫉妬したとも言われているが定かではない。FBIに入れなかったネスはクリーブランド公共治安本部長の職に就く。ここでも違法クラブ摘発などに辣腕を振るうが、事件を未然に防ぐという名目でスラム街を破壊するなど強引な手法に批判を受けるようになる。

 私生活では1938年に妻と離婚し、その年のうちに別の女性と結婚するなどこちらも落ち着かない日々を過ごしていたが、数年後とんでもないスギャンダルを起こしてしまう。1942年、ネスは酒気帯びの状態で車を運転し、当て逃げ事故を起こしてしまう。かって禁酒法時代に酒を取り締まった捜査官が酒で事故を起こしてしまったのである。

 この事故の一件でネスは公共治安本部長を辞任、民間の警備会社の会長職に収まる。今で言う天下りだが敏腕捜査官の天下り先としてはやはり不釣り合いな感じがする。1947年にクリーブランド市長に立候補するが、対立候補よりも潤沢な資金を集めながら二倍の大差をつけられての惨敗であった

 1956年会長職を解任されたネスにカポネの逮捕に至るまでを出版しようという話が持ちかけられる。本の題名は「アンタッチャブル」(The Untouchables)になるが、本の出版直前にネスは心臓発作で倒れ、帰らぬ人となり、出版を見届けることはできなかった。

 ギャングのボスから転落したものの、最後は家族に看取られたアル・カポネ、功績に比べれば不遇ともいえる人生を送ったエリオット・ネス。あの世で二人が会話を交わすとしたらどんなことを話すだろうか?興味は尽きない。
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by narutyan9801 | 2013-02-15 02:15 | 妄想(人物) | Comments(0)