鼈の独り言(妄想編)

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白露過ぎカブトムシの死

昨日、白露過ぎカブトムシ君が力尽きました。
17日頃から急に体力が衰えて、何とか秋分の日まで持たせようと色々と手を討ってみた結果何とか秋分の日の午前中まで生きてくれました。しかしまあ、虫の寿命を数日間でも持たせる飼育技術なんて昔は考えられなかったよな。面白い世の中になったもんだ。

このカブトムシ君、普通に考えれば8月中旬羽化ってことは考えられないので、一ヶ月と十日以上は生きていたと思われる、大往生であろう。安らかに眠ってくれ
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by narutyan9801 | 2012-09-23 09:09 | 季節 | Comments(0)

白露過ぎのカブトムシ

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写真は、昨日捕獲したカブトムシ♂。
私の記憶が正しければ(鹿賀丈史風に)これまで野生のカブトムシの捕獲で一番遅い記憶は9月2日。白露を過ぎての捕獲は初めてである。この二日前にもノコギリクワガタ♂2匹を捕獲しており、こちらも9月に入ってから捕獲したのは初めての体験である。

一般に温度が高いと昆虫は成熟が早く進み、寿命は短くなるものであるから猛暑が原因でこんな遅くに捕獲できたという訳ではないだろう。まあ昔は9月に入ってから昆虫採集などしなかったのでもしかしたらこんな時期でもまだ生き残りは居たのかもしれないが。

この個体、附節欠けもなく非常に元気な個体である。手の大きさから見てもらえば分かると思うが、体長も相当大きい個体なので今後どれだけ生存できるか飼育してみることにした。長生きしてくれるといいな。
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by narutyan9801 | 2012-09-11 16:16 | 日常 | Comments(0)

かくも自然は厳しいなり

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そして前回投稿したヤママユの二時間後の姿。これが自然界の現実というものか…。
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by narutyan9801 | 2012-09-08 18:26 | 写真 | Comments(0)

ヤママユ(写真閲覧注意!)

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写真はヤママユ。国語の教科書に取り上げられた「夏の日の思い出」でエッミールが羽化させ、主人公がその標本をぼろぼろにしてしまった件の蛾である。あの作品では相当レアな鱗翅目のような取り上げかたをしていたが、ここ福島県相双地区ではごくありふれた普通種である。
このヤママユの仲間(ヤママユガ科)は口が退化していて、羽化した後の成虫は幼虫時代に蓄えた栄養だけで生きるので成虫の寿命は短い。以前は灯火に集まってきた個体を山に返していた時期もあったけど、どうも灯火に集まってきた個体というのは、体力をほぼ使い果たして弱っている個体が多いようなので、それならば外敵に捕食されるのも仕方ないと、放っておくことにしている。

こんな外見の蛾だけど、彼らは蚕の仲間で蛹になるときは繭を作る。その繭からは緑色の生糸が取れ「天蚕糸」と呼ばれ珍重されている。ヤママユガ科の幼虫は蚕よりも繊細で飼育が難しい。エッミールは「羽化させた」としか書かれていないので幼虫飼育をしていたかは不明だが、もし幼虫から飼育していたのであれば、標本技術だけではなく昆虫飼育の技量も相当高かったと思われる(笑)
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by narutyan9801 | 2012-09-08 18:11 | 写真 | Comments(0)

オーヴィル・ライトとSHOOTING STAR

本日午前中、久しぶりに発熱して朦朧としていました。

なにかしていないとどうにも気分が滅入るので、適当にMP3ファイルをかけていたらHIMの「SHOOTING STAR」がかかってきました。懐かしいな~。「ランク王国」の主題歌だったっけ?個人的には八反安未果ヴァージョンは認めない(キリッ!)

何回か聴いていたら、もやもやと妄想が膨らんできました。

人類初の動力飛行を成し遂げたライト兄弟。兄のウィルバーは1912年にチフスで世を去りますが、弟のオーヴィル・ライトは第二次大戦後まで長命します。第二次大戦は航空機がレシプロ機からジェット機(ロケット機も実用化された)に発展した時代。ジェット機の実用化に遅れていたアメリカも1945年にジェット戦闘機を実戦配備します。その飛行機の名前はP-80「Shooting Star」

オーヴィル・ライトはP-80Shooting Starを見る機会があったのだろうか?見たとしたらどんな感想を持ったろうか?ライト兄弟は飛行機に関して様々なトラブルに巻き込まれ、オーヴィルは晩年飛行機を発明したことを悔い、飛行機の発明を最近100年間の10大発明から外している。そうした負の感情を抜きにして、P-80を見たオーヴィルの感想を訊いてみたいなと朦朧と思ったりして。

そう思っている頭の中の片隅では「俺は逃げたいのだ!」という悲痛なシューティングスターの叫びが聞こえていたりする。
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by narutyan9801 | 2012-09-05 16:15 | 妄想(人物) | Comments(0)

二宮尊徳のお墓参り

本日2012年9月4日二宮尊徳の225回目の誕生日(天明7年7月23日(1787年9月4日))だそうです。あまり知られていませんが、南相馬市には二宮尊徳のお墓があります。学生時代に一度行ったことがあるのですが、よい機会なのでお墓参りに行きました。

お墓の場所は石神中学校のすぐ近く、原高からもさほど離れていない所。今は道沿いに案内板が出ていますが、昔は石碑しかなかったので分かりにくかった。近くのコンビニに車を止めてお墓へ

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昔は階段に手すりは付いてなかったようだけど、最近付けられたのかな?写真では結構明るく補正されていますが、かなり鬱蒼とした感じです。

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この案内板も昔は無かった。原町市教育委員会と書いてあるから南相馬市合併前に付けられたようだが。

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こちらが二宮尊徳のお墓。尊徳自身は当地に足を運ぶことはありませんでしたが、遺髪が埋葬されています。さらに尊徳の妻子が戊辰戦争の戦火を避けて弟子で「相馬仕法」を推進した富田高慶の元に身を寄せ、現在の石神生涯学習センターに居を構えて住んでいました。

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二宮尊徳の弟子、富田高慶のお墓。富田も後年石神に移住し、明治二十三年に亡くなりここに埋葬されました。

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二宮家が住んでいた跡地は現在石神生涯学習センターとなっています。

階段の登り口の感じだとちょっと…と思いましたが、現在もお墓は管理されているようで一安心。二宮尊徳のお墓には誰が添えたのか五円玉が載っていました。
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by narutyan9801 | 2012-09-04 17:35 | Comments(0)