鼈の独り言(妄想編)

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カテゴリ:妄想(生物)( 20 )

メガロドン ~新生代の海に君臨した王者~

 パニック映画「ジョーズ」シリーズは巨大な鮫が次々と人間を襲い、人間が感覚として失ってしまっている非捕食者の恐怖を思い出させる映画である。この映画に出てくる真の主人公「ジョーズ」は現在も生息する「ホホジロザメ」をモデルにしている。ホホジロザメは人間を襲う可能性のある鮫の中では最も大きくなる鮫で全長6mに達する個体も存在するが、過去にはそれを遙かに凌駕する巨大が鮫が地球上に存在した。今回はその巨大ザメ「メガロドン」を考察したい。

 メガロドンは約1,800万年前から200万年前に生息した巨大ザメである。その大きさは最大個体で13mから20mと諸説あるが、実際のところどれぐらいまで大きくなったかは定かではない。サメの仲間は歯を除いた骨格が軟骨で形成されており、非常に化石が残りにくい。メガロドンの化石も現在のところ歯以外の化石はほとんど発見されておらず、体長についても歯の化石から現世のホホジロザメの大きさと比較して推測した値である。そもそもメガロドンとホホジロザメが系統的に近縁種であるという確証はなく、将来より完全な化石が発見された場合メガロドンの体長は大きく変わる可能性がある。

 メガロドンは絶滅した魚の中では一般的な知名度は高い方だと思われるが、実際のところ詳しい生態はほとんど分かっていない謎の魚である。どんなサメから進化したのか?どのような生活を送っていたのか?なぜ絶滅したのか?等々ほとんどはっきりとしたことは分かっていない。現世のホホジロザメの生態から推測するしかないのが現状である。

 現在のホホジロザメの主な獲物は海生ほ乳類である。これは軟骨魚類であるサメは硬い骨を持つ硬骨魚類を補食するには身体能力が不足しているためであると言われている。おそらくメガロドンの主な獲物も海生ほ乳類、特に鯨を獲物としていたと思われる。同じ時代の鯨の化石の中にはメガロドンに食いつかれた跡が骨に残っている化石が複数見つかっている。現在のホホジロザメのように状況によっては死骸など腐肉食もおこなったであろうが、メガロドンは最大のサメに相応しくクジラを襲うどう猛な捕食者として第三紀の海に君臨していたのであろう。
 「ジョーズ」でホホジロザメは狡猾かつ獰猛なイメージを与えられてきたが実際のホホジロザメは同種間でコミュニケーションをとることが分かっており、他の個体に餌を分け与える習性があることが観察されている。メガロドンにそうした習性があるかどうかは確かめようがないが、史上最大の肉食魚類に仲間を認識する知性があったとしたらなかなか楽しいことである。

 メガロドンの絶滅の原因としては様々な要因が挙げられている。メガロドンの生息する大陸棚の海水温が低下し生息域が狭まったためという説。主な獲物であった鯨が寒冷海域に適応し獲物が少なくなったためという説。そして最近有力視されているのが強力なライバルである「シャチ」の出現によるという説である。
 少なくとも体長10mは越えるであろうメガロドンと体長では半分ほどの大きさのシャチでは体力においては勝負にならないような感があるが、実際のところメガロドンは俊敏さにおいてシャチにはかなわなかったと思われる。現世のホホジロザメは6mもの体を水面上からジャンプさせることができる身体能力をもっているが、それでも瞬間的な最大遊泳速度は時速40kmに届かない。身体構造と抵抗を考えるとメガロドンはホホジロザメより鈍重であったことは間違いなく、時速60km以上を発揮でき小回りも利くシャチに遊泳能力ではかなわなかっただろう。
 そしてメガロドンの身体自体に大きな弱点があったことが指摘されている。彼らは「軟骨魚類」である。硬い骨を持たない彼らの身体は衝撃を受けると内蔵組織にまで衝突の衝撃が伝わってしまう弱点を持っていた。現世のホホジロザメも子供のイルカを襲おうとして母イルカの反撃の体当たりを受け死亡してしまった例が観察されている。またシャチがホホジロザメを補食する例も知られており、成体はともかく幼体のメガロドンは直接シャチに補食されていたと考えられている。シャチとの競合と狭まった生息環境の圧迫がメガロドンを絶滅に追いやったというのが現在のところメガロドン絶滅の理由として最も有力視されている。

 メガロドンの歯の化石は日本でも発見され、「天狗の爪」と思われてきた。海の王者であったメガロドンの歯が神通力を持つ天狗の爪とされたことは、メガロドンにとっては名誉なことだろうか、はたまた迷惑なことだろうか?ちょっと興味を引かれるところである。

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メガロドンの歯の化石。長さこそ地上最強の肉食動物ティラノサウルスには及ばないが幅はティラノサウルスを凌駕する。歯の縁はノコギリのギザギザがあるが、これはティラノサウルスの歯にも共通する特徴である。
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by narutyan9801 | 2013-11-01 12:27 | 妄想(生物) | Comments(0)

イチジク ~実の部分は実は花である果物~

 名将ハンニバルとスキピオが戦った第二次ポエニ戦争後、勝者であるローマ国内ではかって戦ったカルタゴに対して融和してゆくか、敵対し滅ぼすかの方針が定まらずにおり、元老院でカルタゴに対する政策の議論が交わされていた。議論の最後に登場したカルタゴ滅亡論者の首領である大カトーは懐から数個の果物を取り出し「かの地ではこのような芳醇な果物を産する豊かな土地を持っている。ローマから船でわずか三日で行ける所にこのような国が存在するのは危険ではないか?」と説き、この演説がローマのカルタゴ滅亡方針を決定づけたと言われている、今回はローマがカルタゴを滅ぼす動機となった果物、イチジクを考察したい。

 イチジクはクワ科に属する植物で原産国はアラビア地方と考えられ、乾燥地域に適応した植物である。非常に甘い味がする実を付けることから古くから栽培が行われていた。少なくとも六千年前の古代メソポタミアで栽培が行われていたことが分かっているが、近年ヨルダンの新石器時代の遺跡から炭化したイチジクの果実が発見され、放射能測定の結果一万年以上前のものであることが分かり、人類がもっとも古くから栽培を行っていた植物である可能性も出てきている。

 イチジクはなんといってもその甘い果実を付けるのが特徴であるが、通常果物は花が咲き受粉が行われた後種子の周りを覆う果肉が肥大してそこが食用になるのであるが、イチジクの場合は通常花びらが付く花軸が肥大化し花嚢と呼ばれる組織を形成する。イチジクの花はこの花嚢に包まれ、内部で開花することになる。イチジクの果実を割ってみると中に無数のひだ状の部分があるが、ここが花弁、普通の植物でいう花びらの部分でありイチジクの可食部は実は花そのものなのである。花の部分が包まれて外部から見えなくなっており、イチジクが「無花果」と表されるのはこのためである。
 イチジクの野生種は実の内部に咲く花にイチジクコバチという小さな蜂が入り込み、蜜を得る代償として受粉を行い、繁殖を行う。一方多くの栽培品種は受粉を行わなくても果実が成熟する品種であり、挿し木や接ぎ木で増やすことが一般的である。
イチジクは実のほかにも樹液に薬効成分が含まれており、葉を煎じて飲むと寄生虫の駆虫効果があるとされており、漢方薬としての利用もある。

 イチジクの利用の歴史は古いが、日本にイチジクが入ってきたのは比較的新しく江戸時代に入ってからと言われている。しかし挿し木接ぎ木で容易に増やせることと味が好まれたため各地で栽培されている。現在日本はイチジクの生産では世界第14位の位置にある。日本ではイチジクは基本的に生食であるが、多くの国では果実を乾燥させた「乾燥イチジク」として出荷することが一般的である。

 ところで旧約聖書では「禁断の果実」を食べてしまったアダムとイブが羞恥心を持ち腰蓑を身につけたとされるが、その腰蓑はイチジクの葉から作られたとされている。大カトーもカルタゴ滅亡の本心をイチジクを使って婉曲に表現しており人間はなにか隠し事をする際、イチジクを利用してきたような感がある。それだけイチジクと人間の関わりが古いことを示す証拠なのかもしれない。
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by narutyan9801 | 2013-10-21 15:37 | 妄想(生物) | Comments(0)

キノドン類 ~恐竜と哺乳類との生存競争に敗れた?動物~

 動物の分類の一つである哺乳類の起源は古生代石炭紀にまで遡る。デボン紀後期に現れた両生類は産卵及び初期の生活環境は水中であり、成体も長期間の陸上生活は出来ず水辺付近から離れることが出来なかった。この両生類の中から陸上生活に適応できる「有羊膜類」が出現し陸上へ生活環境を広げてゆく、石炭紀にこの有羊膜類は二つに分岐する。一つは現生爬虫類、鳥類、恐竜などが含まれる双弓類。もう一つが哺乳類が含まれる単弓類である。単弓類の系統は現在は哺乳類だけが生存しているが、古生代末から中生代の終盤、ほぼ恐竜が地球上の支配者だった時代にその足下では哺乳類と生存競争を繰り広げた動物が存在したのである。今回は哺乳類との長い間生存競争を繰り広げ、破れ絶滅した「キノドン類」を考察したい。

 単弓類の特徴は頭蓋骨にあいた一対の「穴」と「異歯性」である。「一対の穴」は人間の頭蓋骨では脳の発達により頭蓋骨が膨張したため塞がってしまっているが、こめかみの部分と頬骨のくぼみが穴の痕跡である。異歯性とは歯の生える位置によって形状が異なることで、我々人間も分類上は単弓類に属することになる。
 単弓類は巨大な「帆」を持つエダフォサウルスやディメトロドンが含まれる盤竜目を経て獣弓類に進化し、このころすべての大陸が集まって出来た超大陸「バンゲア」全土に進出するほど繁栄する。この獣弓類は体温を維持する恒温性、体毛など現生哺乳類とほぼ変わらない特徴を備えていた。というよりも現生哺乳類も分類上は獣弓類に含まれるのである。
 獣弓類はディノケファルス亜目、異歯亜目、獣歯類などに分岐してゆく。このうち獣歯類はさらに分岐し、いくつかのグループが出来る。そのグループの中に「キノドン類」が含まれるのである。

 キノドン類は水辺に生息し、現在のカワウソに近い生態を持った動物として現れたらしい。水辺という限られた環境に適応していたので獣歯類のグループでも小さく目立たない存在だった。そのキノドン類に一大転機が訪れる。

 古生代ペルム紀末、超大陸パンゲアは地球のマントル対流に影響を与え、現在のシベリアでマントル対流が地表面まで達し大噴火を起こす。この地球規模の異変はそれまでの生態系を一変させ、地球上の9割の生物が死に絶える大量絶滅が起こるのである。この大量絶滅の後、空白となった生態系に生き残った生物が拡散適応してゆくが、その中にキノドンの仲間も加わっていた。

 キノドン類が生き延びた理由は様々な説が上げられている。キノドンは現生のカワウソのように巣穴を作って生活しており環境の変化に適応できたという説。噴火により酸素濃度が下がったが、横隔膜が発達したキノドンは低酸素に適応できたという説などである。ともかくもキノドンは同じく低酸素状態に気嚢というシステムで対応し大量絶滅を逃れた恐竜の祖先、異歯亜目のディキノドンらと生息環境を奪い合ったのである。そして拡散適応を繰り返すうち、キノドンの仲間から新たなグループが進化してゆく、顎の骨の一部が耳に入り、耳小骨が形成された動物、現生の哺乳類はキノドンから進化した直接の子孫にあたる。

 ペルム期末の絶滅を逃れ繁栄したキノドン類であるが、三畳紀末再び大量絶滅が地球を襲うのである。この大量絶滅でディキノドン類は絶滅、キノドン類も多くの種類が絶滅してしまう。一方恐竜は大量絶滅の影響は小さく、その後他の絶滅動物の生息環境を奪い、中生代末までの繁栄の礎を築くのである。

 キノドンは再び限られた生態系の中で生息する動物になったのであるが、今回は強力なライバルが存在した。自らの直系の子孫である哺乳類である。哺乳類の四肢は胴体から垂直に延び、上腕骨が胴体から斜めにでているキノドン類よりも洗練された体を持っていた。昼間は恐竜の圧迫、夜は哺乳類との生存競争というキノドンの戦いはジュラ紀を通して続けられるが、次第に生息数は減っていった。確実にキノドンの化石と判別されたものは石川県で発見された白亜紀前期のものが最後である。

 ところがカナダで近年、恐竜絶滅後の6,000万年前の地層からキノドンのものではないかと思われる顎の化石が発見されている。この化石がキノドンのものであるかは賛否両方の意見があり謎のままである。「クロノペラテス(時の放浪者)」と名付けられているこの化石の主は、地上の支配を巡って破れた相手である恐竜の最後を見届けた後、絶滅したキノドンが地上に残そうとした証なのかもしれない。

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とある恐竜展のポスターに描かれたキノドン類。表情はあまりにあまりなものがあるが、用途によって形状が違う歯、全身を覆う体毛、それとはうらはらにワニのような形状の前肢とキノドンの特徴をよく捉えている。
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by narutyan9801 | 2013-09-20 09:05 | 妄想(生物) | Comments(0)

デスポーズ ~恐竜たちの奇妙な断末魔の姿~

 動物が化石になる場合、全身の骨格が生きている時そのままに繋がったまま化石化する事はごく希な例であり、たいていはバラバラになった状態で化石になる。しかし条件が整うと全身の間接が繋がったまま化石化することもある。そんな珍しい全身骨格の化石が、奇妙にも同じようなポーズを取っていたら、学者でなくとも不思議がることだろう。今回は恐竜や鳥の全身骨格化石が時折見せる不思議なポーズ「デスポーズ」を考察したい。

 デスポーズの代表的な化石は「始祖鳥」である。始祖鳥の化石は教科書にも載っているぐらいおなじみであるが、始祖鳥の体は不自然に首が背中側に反り返り、反面尾は直線上に延ばされている。顎は判然としないが。多少口が開いているようにも見える。始祖鳥の化石は羽毛の痕跡も残っていることから、死後まもなく土に埋まったか、あるいは生きているうちに土砂災害に巻き込まれ、苦しみながら死を迎えた可能性が高い。

 動物は死を迎えると当然体の運動機能は失われる。しかし全く動かない訳ではない。死直後には反射神経の反応による「脊髄反射」により筋肉組織が動くことがあり、脊髄反射が失われた後も死後硬直や硬直の解除、筋肉組織の収縮や崩壊により死体が動くことがある。このため化石となった始祖鳥の姿は断末魔の際の姿であるとは必ずしも言えない。しかし始祖鳥以外にも恐竜化石や鳥類化石にこのポーズを取ったまま化石となったものが多数発見され、この不思議なポーズが「デスポーズ」と呼ばれるようになり。死の際、または死んだ後に何らかの原因でこのポーズを取っているのではないかと考えられるようになったのである。

 デスポーズには様々な説が唱えられている。死骸が水に押し流されているうちに自然にこのポーズを取ったのではないかという偶然説、死後背中側の靱帯が感想し収縮によって体が弓なりになったのではないかという説、最近は死後硬直の一種である弓なり緊張による生じたものであるという説が唱えられている。以前は破傷風菌による収縮痙攣で死亡し、そのまま化石になったという説もあったが現在支持は受けていないようである。

 しかしどの説も今一つ説得力に欠けるようである。水流によってこのポーズにされたというのはかなり無理が有るし、死後硬直というものは長くても数日程度で終わってしまいそのタイミングで死体が埋没して化石になったというのは出来過ぎた話に聞こえる。靱帯の収縮も相当な時間を要するはずで、その当時現在のハイエナ以上に強力な顎を持った「掃除屋恐竜」が見逃すことはそうそうないと思われる。

 前記したとおり全身の関節が繋がったままの状態の化石ができる条件は「死後直後に埋没したか、生きているときに土砂災害に巻き込まれて死んでしまったか」しか考えられない。しかし埋没後に死後硬直や靱帯の収縮であのようなポーズが取れるかはかなり疑問である。とすれば、もしかしたら「デスポーズ」を取った恐竜や鳥たちは土砂災害に巻き込まれて死んでしまった不幸な動物たちの最後の姿なのかもしれない。そう考えるとデスポースで化石化した恐竜や鳥たちの化石からはなにやら悲しい雰囲気が漂ってくるようである。

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                         デスポーズの始祖鳥の化石

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                 デスポーズのティラノサウルスの化石(Black Beauty)
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by narutyan9801 | 2013-08-29 14:49 | 妄想(生物) | Comments(0)

ボツリヌス菌 ~最も強い「毒」を作り出す細菌~

 人間が摂取すると物理的・化学的に影響を与え、体調を悪化させ時には死に至らしめる物質を「毒」と言う。毒には様々な物質があるが、生物が合成する物質も多い。今回は生物が作り出す「毒」でも最も毒性が強いと言われる毒を作り出す細菌「ボツリヌス菌」を考察したい。

 ボツリヌス菌はクロストリジウム属に含まれる細菌で酸素を嫌う嫌気性細菌である。語原はラテン語の「botulus」(ソーセージ)から取られている。これはソーセージを食べた人がよく中毒を起こすことから名付けられたものである。ボツリヌス菌自体は1896年にベルギーの医学者エミール・ヴァン・エルメンゲムによって発見されている。

 ボツリヌス菌自体は世界各国の土中に普通に存在する細菌である。土中ではボツリヌス菌は「芽胞」と呼ばれる形態で存在し、この場合はほとんど無害である。ボツリヌス菌は嫌気性細菌であり酸素がある環境では芽胞状態を保ったままであるが、酸素が無い環境になると芽胞状態から増殖状態へと移行し増殖する。その際に「ボツリヌストキシン」というタンパク質を分泌する。このボツリヌストキシンが人に極めて有害な物質となるのである。

 ボツリヌストキシンが体内に入り神経筋接合部に到達するとボツリヌストキシンと反応して神経伝達物質が破壊され、神経命令の伝達が遮断されてしまい呼吸などの生命維持反応が阻害され死に至ってしまう。その致死量は極めて少量で、ボツリヌストキシン500gで人類を滅亡させることができると言われているほどである。これは多細胞生物であるハワイ産イワスナギンチャクが分泌するパリトキシンのおよそ五倍、破傷風菌が分泌するテタヌストキシンとほぼ同じ致死量だと言われている。ただテタヌストキシンが脳神経まで影響を及ぼすのに対しボツリヌストキシンの影響は末端神経に留まる。しかし錯乱状態に陥る破傷風菌の毒性よりも精神そのものは影響を受けないボツリヌス菌の方が悪質な死に方とも言える。

 人間に対し極めて強い毒性を示すボツリヌストキシンであるが、タンパク質なので熱処理を施したりアルカリに晒してしまうと毒性は消失する。しかしボツリヌス菌の芽胞は高熱にも耐えるので、一度熱処理をし、その後真空パックなどで処理していると内部が酸欠状態になり、ボツリヌス菌が増殖している場合がある。語原となったソーセージでの中毒はまさにその典例であり、日本でも1981年に「辛子蓮根食中毒事件」が起こっている。ボツリヌス中毒に対しては現在血清による抗毒素はあるが、ボツリヌストキシンは神経の伝達組織自体を破壊するので呼吸困難などに陥っている場合、伝達組織の修復まで人工呼吸などを続ける必要がある。

 通常ボツリヌス菌自体は人体に影響を及ぼさないが、ボツリヌス菌の芽胞を乳児が摂取すると体内でボツリヌス菌が増殖して中毒を起こす「乳児ボツリヌス症」を起こすことがある。特に「蜂蜜」による発病が分かっており1歳未満の乳児には蜂蜜は厳禁である。

 ボツリヌストキシンは極めて少量で人を殺めることができるため、生物兵器として各国で研究されてきた。しかし毒性が強すぎて散布する側も危険であり、またタンパク質の変性により安定した効果を期待することは難しく兵器としては現在まで確実に使用されたという証拠はない。またボツリヌストキシンは筋弛緩作用を持ち医薬品としての利用や、最近では皮膚の皺をとる効果があることも分かり美容にも利用されつつある。正に「毒は使いようによっては薬にもなる」のである。
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by narutyan9801 | 2013-08-23 13:51 | 妄想(生物) | Comments(0)

ロードハウナナフシ ~絶滅から救ったのはたった一本の灌木だった~

 「絶滅したと思われていた動植物が人知れず生き残っていた」という例はいくつかある。そのほとんどが人が踏み入ったことのない所で生き残っていたというものである。今回はそんな事例でもかなり特殊な例と思われる「ロードハウナナフシ」を考察したい。

 ロードハウナナフシはオーストラリア大陸の東にあるロード・ハウ島に生息していたナナフシの仲間である。ロード・ハウ島はオーストラリアの東岸から約600キロ離れており、他の陸地と地続きになったことはない。このため島の生態系は独自の進化を遂げており数々の固有種が生息していた。ロードハウナナフシも独自の進化を遂げた昆虫である。
 ロードハウナナフシは雌の体長が約15cmで雄はこれを若干下回る。体長15cmはナナフシの仲間では飛び抜けて大きいわけではないが、他のナナフシが擬態の為木の枝に似せた細い脚を持つのにたいしロードハウナナフシは太短い脚であり、その姿から「陸のザリガニ」と呼ばれていた。また天敵がほとんどいない環境のため飛翔の必要がなくなり翅が退化している。

 かってはロード・ハウ島ではどこでも見られたというロードハウナナフシであるが、二十世紀初頭に急速に数を減らしてしまう。原因は人間が持ち込んだクマネズミであった。第一次大戦中ロード・ハウ島にも複数の船が立ち寄っておりこの船に「密航」していたクマネズミが島に「不法上陸」してしまったらしい。元々ロード・ハウ島にはほ乳類はコウモリしかおらず、全く天敵を知らなかったロードハウナナフシは瞬く間に喰い尽くされてしまう。最後に個体が観察されたのは1920年。わずか数年でロードハウナナフシは地上から消えてしまったと思われていた。

 ロード・ハウ島から南に約16キロの海上に「ボールズ・ピラミッド」と呼ばれる小さな島がある。島というのは名ばかりで海上に塔のように高さ551mの岩が突き出している岩場といったところである。1960代にこのボールズ・ピラミッドを制覇しようとしたロッククライマーのパーティーが奇妙な昆虫の死骸を発見して持ち帰る。詳しく調べてみるとそれは絶滅したはずのロードハウナナフシであった。さらに数年調査が行われ、数体の死骸を発見することができたが、生きた個体は見つからず生存の確証はつかめなかった。

 ボールズ・ピラミッドにロードハウナナフシが生存するかどうか本格的な調査が行われたのは最初の死骸が発見されてから40年近くが経過した2001年になってからであった。岩場にはほとんど平坦なところがなく、学者といえどもロッククライミングに熟練していなければ調査ができないほどであり、自然保護団体からロッククライミングの熟練者がサポーターとして参加しようやく調査が可能になったのである。この調査で生きたロードハウナナフシが80数年ぶりに確認されることになる。

 ロードハウナナフシはボールズ・ピラミッドの岩場の間に生えていたフトモモ科の灌木の下にかろうじて数十個体が生息していたのである。2年後再び調査が行われ、たまたま交尾を行っていた二組の個体を採集し、人工繁殖を試みることになる。ロードハウナナフシの生態はほとんど知られていなかったので試行錯誤の連続であったが、現在は飼育下での繁殖が順調に進み、卵から孵化する様子も動画で見ることができる。

 それにしてもロードハウナナフシがボールズ・ピラミッドで生存していたことは様々な偶然が重なった結果だと思われる。前述したようにロードハウナナフシは翅が退化しており、自分が飛翔してボールズ・ピラミッドに到達するのは不可能である。鳥の羽毛に卵かごく初期の幼虫が付いてたまたまボールズ・ピラミッドのさらに食草であるフトモモ科の木に到達する可能性は0ではないだろう。しかしこれだけでは「繁殖する」ことはできない。ナナフシの仲間の中には雌のみで単為生殖を行うものも存在するが、ロードハウナナフシは雌雄異体である。昆虫の短い「繁殖可能期間」中にたまたま雌雄がボールズ・ピラミッドで出会えたのか?それとも何らかの原因で妊娠した体長15cmの雌が16キロの海上を旅してボールズ・ピラミッドに到達できたのか?謎は尽きない。自然は時にはこんな奇跡を生み出すこともできるのである。

ロードハウナナフシの孵化の様子(YouTube)

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現在野生のロードハウナナフシが唯一生息する島、ボールズ・ピラミッド。平坦な場所はほとんど無く樹木に大きく依存するナナフシが生息できたことは奇跡的である。
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by narutyan9801 | 2013-07-24 10:54 | 妄想(生物) | Comments(0)

ベニクラゲ ~若返りをする驚異のクラゲ~

 「不老不死」は古代より多くの人間が追い求めてきた欲求といえる。秦の始皇帝をはじめ多くの権力者が「不老不死の秘薬」を求めてきた。現在の医学、及び生物学では「多細胞生物」の細胞は染色体端末(テロメア)の分裂限界があり、ある程度の細胞分裂を行った後は分裂が停止してしまうことが分かっており「不老不死」は実現不可能とされている。しかし生物の中にはその原則を破り、老化した個体が幼体期に退行し再び成長を繰り返すという「不老不死」を獲得したものも存在する。今回はその生物「ベニクラゲ」を考察したい。

 ベニクラゲは世界中の熱帯、温帯の海に生息する直径4、5mmの小さなクラゲである。体は透明で内蔵が透けて見え、内蔵の色が紅色に見えるために名付けられたクラゲである。
 多くの小型クラゲに共通する生態であるが、卵から孵化したベニクラゲは水底の岩などに着生し「プラヌラ幼生」と呼ばれる時期を過ごす。プラヌラ幼生はイソギンチャクや、熱帯魚を飼ったことがある方なら「ヒドラ」を連想してもらうと分かりやすいと思う。プラヌラ幼生が二日ほど成長すると先端が幼クラゲとなって水中生活に入り、20日ほどで成体クラゲになるという生活史をおくっている。

 ここまでは普通のクラゲと同じであるが、ベニクラゲは成体からポリフに「若返り」をし再び幼クラゲから成体へ成長することができる。触手を体内に吸収し傘を反転させ水底に着床した「元」成体クラゲは再び「プラヌラ幼生」となりまた同じ成長過程を繰り返すのである。正確に言えば老体となったクラゲが幼生に「若返り」を行うので不老不死とは性質が違うかもしれない。

 この生態の発見はある偶然と「ぐうたら」によるものである。とある大学の研究室でベニクラゲの研究が行われていたのであるが、その世話をしていた学生が世話を怠り、クラゲの飼育装置は長期間放置されていたのである。全滅したろうと思われていたベニクラゲは触手の本数が少ない若い状態で発見され、研究の結果若返りが判明したとのことである。
 
 ベニクラゲは前述したように世界中に分布するが、この生態を持つクラゲは1991年に地中海産のベニクラゲで発見されている。その後世界各地のベニクラゲがこの現象を持つか観察が行われ、21世紀に入ってから日本の鹿児島湾で採集されたベニクラゲもこの能力を持つことが発見されている。現在のところ若返り能力を持つベニクラゲはこの二カ所でしか見つかっていない。

 この二カ所で採集された個体がただ漫然と老化したら幼体に戻って人生(クラゲ生?)をやり直しているというとどうもそうではないらしい。外傷を負って成長が困難になったとか、餌の不足で成長が望めない状態で初めて「若返りのスイッチ」が入りポリプに戻ることができるようである。後に「若返り能力」は「ヤワラクラゲ」というクラゲでも持つことが分かったが、ヤワラクラゲは成熟前の若い段階でしか若返ることができないようで、成熟個体が若返られるのは現在のところベニクラゲだけのようである。 

 ベニクラゲの若返り能力は果たして無限なのか、有限なのか、現在その研究が進んでいる。京都大学の久保田信准教授の研究では10回の若返りを成功させたが、残念ながらクラゲ以外のトラブルで記録は止まってしまっている。再チャレンジされるとのことなので管理者も非常に興味を持ってHPを見させていただいている。
 また若返りができるベニクラゲと他のベニクラゲとの違いが見いだせれば、他の動物の細胞にも応用できる可能性がある。またベニクラゲはポリプへの退化段階で体の細胞を新たな組織に対応する細胞に作り替えていると見られるが、これは自力でiPS細胞を作っているということになる。ベニクラゲは本当に小さな動物であるが、無限の可能性が詰まっている偉大な動物と言えよう

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               成熟したベニクラゲ。この後産地・条件によっては若返りを行う
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by narutyan9801 | 2013-07-01 12:00 | 妄想(生物) | Comments(0)

ティラコレオ ~オーストラリアに君臨した最強の有袋類~

 オーストラリア大陸は早くから他の大陸と切り離され、有袋類が繁栄する独特の生態系が形成されていた。その生態系の頂点に君臨した動物もまた有袋類の仲間であった。今回は絶滅してしまった有袋類の王者「ティラコレオ」を考察したい。

 ティラコレオはオーストラリア大陸のみに生息した大型の肉食有袋類で、現生のクスクスに近い系統の動物であった。2400万年前(新生代漸新世)から5万年前(更新世)にかけて生息していた動物である。体調は1.2mほど、体重は100kgに達したと思われる。体長に関しては肉食のカンガルーであるプロプレオプスに劣るが体重では勝り、オーストラリア大陸に現れた肉食有袋類の頂点に立つ動物と言っていいだろう。

 ティラコレオは20世紀後半までは断片的な化石しか発見できず、想像で補った姿でしか復元できていなかった。しかし南オーストラリアのナラコート洞窟群・ビクトリア洞窟で20万年前に洞窟に落ち、その後餓死したと思われるティラコレオの完全骨格が発見され、ティラコレオのほぼ完全な復元像を作成することが可能になった。

 ティラコレオは現世のネコ科動物と比べると幅広の胸で前足が長く、上半身の筋肉が発達していた。これは獲物に抱きついて噛みつきしとめる狩りを行っていたことを物語る。前肢の親指は他の指に対して人間の指のように直角に近い角度で付いており、握る動作をしたとき親指が他の指の内側になることが可能であった。また親指には巨大な鉤爪があり、獲物に抱きついた際に深く食い込み逃さないようになっていたと思われる。
 特徴的なのは歯の構造で、現在のネコ科動物は「犬歯」(人間でいう糸切り歯)が発達し獲物に止めをさす武器として使用しているが、ティラコレオは切り歯(人間でいう前歯)が発達していた。また奥歯が巨大化しちょうど裁断機のような構造になり、ここで獲物の肉を食いちぎっていたらしい。顎の力は強く試算によると現世のブチハイエナの数倍の力を出せたようで、獲物を骨まで砕いて食べていたことも考えられる。この顎の力から「ティラコレオは実は植物食の動物」という説もあったのだが、ビクトリア洞窟の化石から肉食をしていたためにできた歯の磨耗が発見され、ティラコレオは肉食動物ということが確認されている。

 逞しい上半身に比べ、ティラコレオの下半身は正直「貧弱」な印象を受ける。事実ティラコレオは走るのは苦手であったようであり、狩りはもっぱら待ち伏せ型だったようであり、ティラコレオは待ち伏せに適した森に生息していたようである。

 ティラコレオは2000万年以上にわたってオーストラリア大陸の生態系の頂点に君臨していたが、5万年前ごろに絶滅する。これはオーストラリアに人類が進出した時代とほぼ同じである。ティラコレオ絶滅の原因が人類の進出のためとは断定できないが、おそらく人類の進出による直接の圧迫、人類とともに進出してきたイヌ(現在のディンゴ)との競合、そして乾燥化による森の消失などの複合的な要因でティラコレオは滅んだものと思われる。

 なお、UMAファンの間では「クィーンズランドタイガー」と呼ばれるUMAの正体が実はティラコレオではないかという説が囁かれている。その可能性は現在のオーストラリアの環境等を考えると「きわめて0に近い」と言わざるを得ないが、妄想の世界で「ヨーウィ」と「クィーンズランドタイガー」が並んで歩いていて、その正体が「ギガントピテクス」と「ティラコレオ」だったら…。なかなか楽しい気分にさせてくれる妄想である。

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  ビクトリア洞窟で発見されたティラコレオの全身骨格。切歯の形状と前肢親指に注目してほしい
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by narutyan9801 | 2013-06-13 09:37 | 妄想(生物) | Comments(0)

オンセンクマムシ ~発見者以外誰も見ていない謎のクマムシ~

 「宇宙でも生存できる動物」としてよく名前が挙がる「クマムシ」その種類は全世界で約800種と言われている。様々な環境に生息するクマムシだが、この中でただ一種、日本の温泉から採集され、記載されたクマムシがいる。しかしそのクマムシは発見者しかその姿を見ておらず、様々な疑惑がもたれている。今回はその「オンセンクマムシ」を考察したい。

 オンセンクマムシは1937年、スイス人のラウムによって記載されたクマムシで、日本の雲仙の温泉湯垢内から採集されたとなっている。その形状は他の様々なクマムシの特徴を兼ね備え、さらに既知のクマムシには見られなかった三角形の突起が背中についていたと記録されている。ラウムは新たに「中クマムシ目」を創設させて記載を行っている。現在中クマムシ目は「中クマムシ綱」に格上げされ、オンセンクマムシは中クマムシ綱に分類されているただ一つの種となっている。
 このクマムシは温泉に生息するという特性が生物学的にみても珍しく、多くの学者が採集すべく雲仙に赴いているが、発見者のラウム以外は誰も発見することができなかった。その後発見地とされる温泉は枯れてしまい、その存在を証明する手がかりは消えてしまっている。さらに様々な状況から、オンセンクマムシの発見自体が疑わしいことが分かってきている。

 発見者のラウムは元々線虫の研究者でクマムシ研究に関しては専門分野外の人物であった。彼は十数年に渡り専門の線虫研究と平行してクマムシの論文も発表している。この間8種類のクマムシの発見を報告しているが、現在まで有効な種類はそのうちオンセンクマムシを含む3種類にとどまっている。現在も有効とされている種類もオンセンクマムシ以外の二種は南米や南極周辺で別の研究者が採集した種を彼はヨーロッパで採集したと主張し記載されたもので実在は疑問視されている。そしてオンセンクマムシに関しても彼以外は実物を発見できず、標本も残っていないので実在を証明できる決定的な証拠は無いと言ってよい。

 どうもラウムという人物は風変わりな人物であったらしく、オンセンクマムシの発表に関してもほぼ同時期に日本とドイツの学術誌に記載するということを行っている。学術論文の発表の形式ではこれはかなり「常識外れ」の行動なのだそうである。さらに日本で発表した論文では同時期に東アジアで活動していたクマムシ研究家を罵るような内容の記述を行っており(ただし罵られた研究家のクマムシ同定能力は相当低く、彼が発見したクマムシはその後すべて存在が確認されていない)、この論文の作成に関してはどうも感情的に均衡を保ち得ない心情であったようである。そのような状況でオンセンクマムシの実在は疑問視され、捏造すら疑われるようになっていた。

 ところが、1978年にイタリアで小川に棲むクマムシの新しい種が発見され、そのクマムシの背部にオンセンクマムシと同じ三角形の突起物があることが1986年に指摘され、オンセンクマムシの存在が架空のものではない可能性が出てきたのである。ラウムの発表から約60年後の新たな展開であった。

 こうしてオンセンクマムシの存在に光明が指してきたが、肝心の温泉は枯れており、さらに雲仙普賢岳の火山活動により広域的な調査ができない状況で、オンセンクマムシの調査は進んでいない状況である。

 オンセンクマムシの一番の特徴である背中の突起は何であろうか。専門外がこんなことを言うのは筋違いかもしれないが、イタリアのクマムシとオンセンクマムシの生息域が水の流れがある所である。とするとこれは水に流されないようにする一種の整流板の役割をしているのではないだろうか?と勝手に想像してしまう。いずれにしても肝心の「オンセンクマムシ」が再発見できなければなにも分からないのである。現地での調査が進むことを期待したい。
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by narutyan9801 | 2013-05-27 12:18 | 妄想(生物) | Comments(0)

アルシノイテリウム ~宮殿側で見つかった謎多き巨獣~

 20世紀初め、エジプトのプトレマイオス朝の遺跡の近くからサイに似た動物のほぼ全身化石が発掘された。当初はサイの仲間と考えられていたこの動物は調査の結果現在では絶滅してしまった系統の動物であることが判明する。今回は謎の多いこの動物「アルシノイテリウム」を考察したい。

 アルシノイテリウムを日本語に訳すると「アルシノエの獣」となる。アルシノイという言葉は実は人の名前で、プトレマイオス王朝の女王「アルシノエⅡ世」の宮殿のそばで初めて化石が発掘されたために名付けられたためである。この化石は全身の骨格がほぼ完全にそろった化石で、状況からかなり若い個体の様である。何らかの事故に巻き込まれて土砂に埋まり、そのまま化石になった可能性が高い。
 アルシノイテリウムの特徴はなんといっても頭部の角である。現世のサイの角は実は「毛の固まり」であり、骨は無いので死んでしまうと腐敗してしまい、化石としては残らない。これに対してアルシノイテリウムの角は頭蓋骨そのものが隆起して角を形成しており、化石となって残ったのである。視覚的には相当重量感があるが、実際には骨の中は空洞で見た目よりは軽いものであった。

 アルシノイテリウムは外見上はサイに似ているが、分類上はかなりかけ離れている。現世のサイの仲間は分類では奇蹄類に属し、大ざっぱに言えば馬の仲間であり、その期限はヨーロッパとアジア大陸が分離する前のローラシア大陸で誕生したほ乳類である。それに対してアルシノイテリウムはアフリカ大陸で誕生したほ乳類(アフリカ獣上目)で、近蹄類と呼ばれる類に分類される重脚目という目に属する。近蹄類には長鼻目(象の仲間)や海牛目(ジュゴンの仲間)などが含まれ、アルシノイテリウムはこれらに近い動物ではあるが、相当古くに分化したらしい。

 アルシノイテリウムは最初に発見された完全骨格の化石個体以外に近年まで化石の発見例がなく、その分布はアフリカ大陸の一部のごく狭い地域に限られていると考えられてきたが、近年ではアフリカ東部や中東でも断片的ながら化石が発見され相当広範囲に生息域をもっていた動物であることが判明している。生態は現在のサイが主に草原を生息場所に選ぶのに対し、アシシノイテリウムは湿地帯やマングローブ帯などの湿潤な地域を好んだらしい。大きな体と角を考えるといささか不釣り合いな生息環境であるが、他の動物との棲み分けがあったのかもしれない。

 アルシノイテリウムは当時まださほど大きい動物ではなかったゾウを圧する体格を誇っていたが、その生息期は動物史としては短く約2300年前には絶滅している。原因としては地球環境の寒冷化・乾燥化が進み生息地域が無くなったためと言われているが、正確なところは不明である。実のところアルシノイテリウムがどんな動物から進化したのかはその中間となる動物化石が発見されていないためほどんど分かっておらず、系統を残さず滅んでしまっている。今のところアルシノエⅡ世神殿遺跡のそばから掘り出された完全な骨格化石以外は断片的な化石しかなく、本当に謎だらけの動物なのである。今後研究が進んで、彼らの謎が解明されてゆくことを期待したい。

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アルシノイテリウムの全身骨格化石。ほぼ全身の骨格が揃った化石は現在の所唯一の化石である。
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by narutyan9801 | 2013-05-24 10:04 | 妄想(生物) | Comments(0)