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鼈の独り言(妄想編)

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糸瓜忌の日に ~ロンドンでの明治期日本人二つの別れ その1~

 本日九月十九日は「糸瓜忌」正岡子規の命日である。明治三十五年九月十九日没、享年36歳。病魔に苦しめられながらも「俳句」という文化、それだけに留まらない日本の近代文学に大きな足跡を残した人物として知られている。

 他方今日はイギリス(大ブリテンおよび北アイルランド連合王国)からのスコットランド独立の是非を問う住民投票が行われ、スコットランドの独立は否決されている。連合王国からのスコットランドの「別れ」は今回は否決されたが、正岡子規の死の前後イギリスでは印象に残る日本人の二つの別れがあった。今回はその「別れ」を記してみたい。

 正岡子規の交友関係は司馬遼太郎著「坂の上の雲」前半で描かれた日本海軍将校の秋山真之との関係が有名であり二人は子規の死まで交流があったことは事実である。しかし両人の成人後その交流はお互いの「立場」を配慮しなければいけない間柄になる。秋山真之は日本海軍の参謀として作戦を統括する立場になり、子規も「ホトトギス」主宰としての立場がある。会えばまずお互いの近況報告からになり心情を語り合うゆとりは無かったような気配がある。「真さん」「升さん」という交流は成人後はできなかったのではないだろうか。子規には他にも学生時代多くの友人がいたがそれらの人々も多くは自分の「立場」を持ち心情を吐露できるような人物はほとんどいなかったと思える。そんな中唯一子規が心情を吐露できたであろう人物が「夏目漱石」であった。

 子規と漱石は東京大学予備門からの付き合いでいわゆる「幼馴染」ではない。しかし幼馴染の付き合いはお互いの家庭状況の影響を受けるのに対し家庭から離れた「学生」同士の付き合いはこの弊害を受けずに生涯の友となれることも多い。そして子規と漱石は「ウマが合う」友だったようである。
 学生時代ほとんど学校に出ることが無かった子規は生真面目にノートを取っていた漱石に度々ノートを借りて試験だけは合格していた。ノートを貸しに来た漱石に子規は寄宿舎の食事を出していたがいつもおかずが鮭だけだったので文句を言うと次の機会に子規は西洋料理の店に漱石を連れてゆき大盤振る舞いを行っている。これ以外にも何度か漱石に食事を奢っていて漱石は子規は相当金持ちの家の息子だと勘違いしていたらしい。
 しかし漱石が松山中学に赴任していたころ、日清戦争従軍後肺結核が悪化して故郷松山に戻ってきた子規が漱石の下宿先に勝手に上がり込み、勝手に出前を取っては勘定を漱石に払ってもらっている。挙句には東京に帰る旅費も漱石に工面してもらい、その旅費も奈良で使い果たし(柿食えばの句を作った所である)漱石に残りの旅費を送ってもらっているのである。漱石の性格を見透かしていたという子規の一人勝ちといったところだが、それだけに自分のわがままを受け入れてくれる漱石に強い友情を抱いていただろう。

 子規と漱石の手紙のやり取りは百通を超えていると言われている。子規の漱石へ宛てた最後の手紙は日付が明治三十四年十一月六日となっている。この手紙で子規は「僕が君に会うことはもう無いだろう」と死期の近いことを伝え「生きているのが苦しいのだ」と病の苦痛を隠すことなく漱石に伝えている。それでありながら「僕の目の明るいうち(現代風に言うなら「目の黒いうちに」となるか)もう一通よこしてくれぬか」と漱石からの手紙を心待ちにしている心境も吐露している。漱石は以前の手紙に留学先のロンドンの情景を面白おかしく子規に書き綴っており、病床の子規楽しませていた。すでに床を離れることなどできない子規に外国の情景を書き綴ることは通常は憚れることだろうが、それを敢えて書き綴った漱石に子規が伝えたかった感謝の表現かもしれない。

 考えてみると晩年の子規は「対等の友人」というものがほとんど居なかったように思う。献身的に看護してくれる家族、門人はいたのであるが、看護してくれる人に近い将来間違いなく訪れるであろう「自らの死」を語るわけにはいかない。家族には病の痛さで泣き叫ぶ姿を晒せても「自らの死」は語れないだろう。「立場」を持っている友人では心中を吐露しても「立場」というフィルターを通した答えが帰ってくる。子規にとって漱石とは「立場」の無い得難い無二の親友であった。そういう感じがするのである。

 いや~。あんまりに子規と漱石の話面白くてもう一つの「別れ」書けなくなっちゃったなぁ。
 書けるんだったら明日もう一つのほう書きましょうかね。

漱石・子規往復書簡集 (岩波文庫)

和田 茂樹(編集)/岩波書店

ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石

伊集院 静/講談社

正岡子規

夏目 漱石/null





by narutyan9801 | 2014-09-20 01:24 | 妄想(人物)