鼈の独り言(妄想編)

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谷川岳宙づり遺体収容 ~宙づりの遺体収容の為取られた非常手段~

 人が同胞の遺体を「葬る」ことを始めたのは10万年前のネアンデルタール人にまで遡れるという。現世人類のホモ・サピエンスも出現直後から遺体を埋葬していた事が遺跡から分かっている。遺体の埋葬は最初は遺体の腐臭が肉食動物を呼び寄せてしまいそれを防ぐためという危険防止からだと言われているが、人間の精神世界の成長により遺体を葬るという行為には死者の尊厳を守るという要素も付加されるようになった。遺体は時がたてば腐敗、分解が進み正視できない状況になる。古代から近世での刑罰には遺体を「晒す」という刑罰があった。遺体が人目に晒されるのは遺体となった個人の尊厳に関わることと人は捉えるようになったのである。一方で遺体に故意に損傷を加えることは「死体損壊」という罪に問われることになる。この遺体を「晒される」ことと「損傷を加える」ことのどちらか一方を選択しなければならない場合、人はどちらを選択することになるだろう?今回はそんな疑問の回答の一つとなった「谷川岳宙づり遺体収容事件」を考察したい。

 群馬県と新潟県の県境に位置する谷川岳は知名度が高く標高も2,000mに満たない山であるが、複雑な地形と急峻な岩場、めまぐるしく変わる気象条件から登山の難航度の高い山として知られている。記録が残っている昭和六年(1931年)から平成一七年(2005年)までの遭難死者数は781人に上る。単純な比較はできないがこの死者数は世界の8,000m級の登頂を目指し、遭難死した死者数を上回る。群馬県では谷川岳遭難防止条例を施行し入山届の義務化、入山前の事前情報の講習など遭難防止対策を行っているほどである。

 昭和三十年9月19日、群馬県警察谷川岳警備隊に「一の倉沢で助けを呼ぶ声を聞いた」という通報が入る。警備隊は一の倉沢に急行し、衝立岩と呼ばれる岸壁に宙づりになっている二人の男性を発見した。
 二人の男性は前日に入山した神奈川県の山岳会の会員で、発見時の呼びかけに反応が無く、双眼鏡からの観察によりすでに死亡していることが確認された。遭難原因は不明だが何らかの理由で滑落し、オーバーハングした岩場にザイルが引っかかり宙づりとなった時点では両名、またはどちらは意識もあったが、その後吹きさらしの風に当てられての低体温症、またはザイルの圧迫により死亡したものと思われる。
 状況は一人が第一ハングと呼ばれるオーバーハングで、もう一人がその上の第二ハングと呼ばれるオーバーハングで宙づりとなっていた。二人の身体はザイルで繋がっており、お互いの体重が釣り合い引っかかった状態になっていると推察された。

 事故現場となった衝立岩はロッククライミングの難所中の難所として知られ、事故当時ここの登頂成功者は合計15名しかかなかった。二人が所属した山岳会のメンバーは衝立岩を登坂し下の方の遭難者の脇まで到達、ここから何らかの方法でザイルを切断し二人を落下収容させることを検討したが二次災害の危険性も考慮され、山岳会の救助は断念されることになった。そして非常手段として自衛隊の狙撃部隊がザイルを銃撃して切断、遺体を落下させて収容することとなったのである。

 9月24日、陸上自衛隊相馬原駐屯地から第一偵察中隊の狙撃部隊が現場に到着する。当初狙撃部隊は狙撃ライフルでザイルを狙撃して切断することとしていたが、射撃地点からザイルまでの距離は有効射程距離外で、さらに沢の複雑な地形から発生する気流により狙撃で命中させることはできなかった。自衛隊部隊は作戦を変更し軽機関銃の射撃でザイルを切ることを試みるが、約1,000発の射撃でもザイルを切ることができなかった。
 そこで自衛隊部隊は作戦を変更、ザイルが引っかかっている岩場を銃撃することにする。狙撃点が固定されていることに加え、岩場を銃撃することによりザイルが移動し、岩盤がザイルを削り取る効果も加わって約300発の射撃によりザイルは切断、二人の遺体は沢に落下、滑落後ようやく遺族の元に返ってきたのである。この一部始終は写真や映像に記録され、今でも目にすることがある。

 この事件は色々な意味で反響の大きな事件であった。遺体は落下後滑落し相当大きな損傷が加わることが予想される。それでもなお遺体が「晒される」ことは耐えられないという遺族の気持ちはよく分かる。その点で当時の映像技術はいい意味で「荒かった」と言える(編集カットの部分も存在する)。仮に現在同様の事件が起これば犠牲者の尊厳がどれだけ保てるか…。Youtubeやtwitterに投稿され問題視される画像を見る度この事件が脳裏に浮かぶのである。

 事件を伝えるニュースフィルム(Youtubeより)

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                    Google Earthより谷川岳、一の倉沢
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by narutyan9801 | 2013-09-19 09:26 | 妄想(事件・事故) | Comments(0)