鼈の独り言(妄想編)

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鴨川つばめ ~70年代後半を全力疾走で駆け抜けたギャグマンガ家~

 管理者も子供時代は在ったわけで、当然ながらマンガなども読みふけっていた時代がある。管理者の子供時代、一番面白く、そして親たちが読むのを禁止する雑誌というと「少年チャンピオン」であった。今回はいつもとちょっと趣向を変えて、管理者の幼少時代、笑いを一番与えてくれた漫画家、「鴨川つばめ」氏を考察したい。

 鴨川つばめ氏は1957年(昭和二十七年)福岡県大牟田市の生まれである。漫画家を目指し上京、アシスタントを経てデビューするが、デビューは「少年ジャンプ」であった。その後「少年チャンピオン」に移り「ぷるぷるプロペラ」を連載する。「ぷるぷるプロペラ」のストーリーは太平洋戦争末期にエンジンの生産遅延により「首無し」で放置された旧日本陸軍三式戦闘機「飛燕」に戦後エンジンを搭載して飛ばそうという当ブログ管理者の魂を揺さぶらせてしまう展開なのであるが(首無し飛燕はそのうち「五式戦」書くときに取り上げてみたいです)この作品の登場人物を使って新たに連載が始まったのが「ドラネコロック」になる。さらに「週間少年チャンピオン」にも「マカロニほうれん荘」の連載(キャラクタは読み切り「呪われた夜」で登場している)が始まり、氏は一躍ギャグマンガの頂点に立つことになる。当時の田舎の小学生の小遣いでは週刊マンガ雑誌を購入することができず(せいぜい月刊の「コロコロコミック」ぐらい)、各々が決められた雑誌を購入して持ち寄って読んだりしていたが、「チャンピオン」担当は奪い合いになっていたものである。自分は父親がよく雑誌を購入しては家に放置していたのでそれを読んでいたが、「マカロニほうれん荘」が連載されている週間少年チャンピオンがあると嬉しかったものである。

 しかし、氏の「ギャグマンガ」は三年を経ずして破綻してしまう。「マカロニほうれん荘」の破綻はたくさんの人が破綻を予期、または後に破綻の予兆を感じたことをネットで書かれているで、それを習って自分も書いてみたい。

 自分の「マカロニほうれん荘」が破綻の予兆を感じたのは中嶋敦子の失恋(そうじと益田弘美がよりを戻して、それでも邪魔をしようとする中嶋さんにテディ・ボーイズ・ギャング団の伊達兄樹が説教して諦めさせる)の話になる。正直なところ「マカロニほうれん荘」としては面白くなかった。いや、ふつうの学園ラブコメであれば十分面白かったと思うんだが、やはり「マカロニほうれん荘」としては面白くなかったのが正直な感想であった。現在単行本が手元にない(実家にはあったかもしれないが捨てられたか、残っていても津波で流されてしまったはず)のでハッキリとした収録巻は覚えていないのであるが、5巻あたりに収録されていたストーリーで、その後「マカロニほうれん荘」は急速に勢いを失った感がある。

 子供心にこのストーリーがなんか不可解で何度も読んで考えてみたことがあったた。いつものドタバタやっていた方が楽しかったろうに…。後年になって氏と編集部との対立がこの時期既にあったことを知って、このストーリーの存在意味が多少ですが自分なりの解釈をしてみた。氏はすでに「ギャグマンガ」としての「マカロニほうれん荘」としての限界を感じ、連載を終了したいと考えていたが、人気がそれを許さず窮余の策として別仕立のストーリーを考えていたのではないか?そんな感じがする。あくまでも管理者個人の解釈で、間違っている可能性も大きいことをお断りしておく。
 しかし「マカロニほうれん荘」は氏がコントロールできないほど大きくなっており、ギャグマンガからの脱却は許されるものではなかったと思う。限界を超えた鴨川つばめ氏がとった行動は「作品の死」であった。連載に耐えられないサインペンを使った作画、理解されないストーリー…。氏はコントロール出来なくなった「マカロニほうれん荘」を自ら死に追いやってしまったののであろう。このことは氏に深い傷を負わせてしまったのだと思う。

 「マカロニほうれん荘」の連載終了後、氏は「ミス愛子」の連載を経て「マカロニ2」の連載を始める。この「マカロニ2」の連載に自分は喜び、連載されているチャンピオンを入手するが、絵画教室で「ありのまま」を描くという説明に「アリのママ」(エプロン姿の蟻)を1ページ使って描くというギャクにがっかりし、続きを読まなかった記憶がある。氏の心の傷は深く、しかしキャラクターたちの愛情は変わらなかったため、続編として連載はしたものの往年の輝きを見せることができなかったのであろう。「マカロニ2」も短期間で終わり、その後短期間の連載はあるものの氏のギャグセンスは元に戻ることはなかった。
 後年氏は雑誌の対談で「ギャグ漫画家の才能は、神様が一生の中でたった一本だけくれた鰹節のようなもの」と語っている。氏は鰹節を使いきってしまったのかもしれない…。そんな思いがある。3年間という短い時間であったが「マカロニほうれん荘」と「ドラネコロック」、神様がくれた鰹節は40年を経ようとする今でも人々の記憶に残っている。「たった一本だけくれた鰹節」でも氏の鰹節はとびきり大きく、たくさんの人々を満足させられる格別の味であった。

 ひとつだけ往年の読者の希望を書かせてもらうことを許していただきたいのですが、「七味とうがらし先生」は「鴨川つばめ」氏の在る意味分身だったと感じています。「七味とうがらし先生」が編集者との電話の中で「次回作」が「構想はだいたいまとまっている」と話していた構想、それが具体化できればなぁ…。と思います。無理な注文なのは重々承知なのですが…。

マカロニほうれん荘全9巻 完結セット (少年チャンピオン・コミックス)

鴨川つばめ/秋田書店













マカロニほうれん荘 (6) (少年チャンピオン・コミックス)

マカロニほうれん荘 (7) (少年チャンピオン・コミックス)

マカロニほうれん荘 (8) (少年チャンピオン・コミックス)

マカロニほうれん荘 (9) (少年チャンピオン・コミックス)





ありがたいことに「マカロニほうれん荘」及び「マカロニ2」は連載終了30年以上たった現在も絶版にならず単行本が現在でも購入可能である。また、この単行本の印税は今も鴨川つばめ氏に納められているとの事。興味があったら一度読んでもらいたい。
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by narutyan9801 | 2013-06-17 10:24 | 妄想(人物) | Comments(1)
Commented by 名無し at 2015-11-08 09:10 x
お邪魔します。1957年は昭和27年でしたっけ?