鼈の独り言(妄想編)

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サンジェルマン伯爵 ~近世ヨーロッパ最大と言われる謎の人物~

 ある時は優雅な紳士、ある時は博識な科学者、ある時は怪しげな錬金術師、ある時は有能な音楽家、ある時は時空を越えるタイムトラベラー、ある時は不老不死の道師、これらすべての顔を持つ人物が実在したら…。現在では間違いなく狂人扱いされるだろう。しかしこれらすべての顔を持つ人物が18世紀には存在したのである。今回は謎の人物「サンジェルマン伯爵」を考察したい。

 サンジェルマン伯爵はスペイン王妃マリー=アンヌ・ド・ヌブールとスペイン貴族メルガル伯爵との私生児といわれているが、この説に確証はない。そもそも「伯爵」号も私称であるといわれている。20代にはイタリアに滞在していたといわれ、その当時の彼に面会した人も存在するが具体的になにをやっていたのかは不明である。その後1749年までロンドンに滞在していたことになっているが、ここでも彼の足跡はほとんど残っておらず、その後12年間も失踪している。彼の足跡が次に明らかになるのは1758年初頭にパリに現れてからである。

 彼の生年は1691年と言われているが、本当のところ定かではない。1758年であれば満で数えて彼は67歳の老人であったはずである。しかし彼に出会った人々は「サンジェルマン伯爵は40代に見えた」と語っている。さらには彼が「20代」の時にイタリアで出会った人物、作曲家のジャン=フィリップ・ラモーやシェルジ伯爵夫人などは40年ぶりに再会したサンジェルマンが昔と変わらない姿だったことに驚嘆している。前回会ったときは20代だったはず人物が40代に見えたのもちょっといかがわしいが…。こうしてパリの社交界でサンジェルマンは評判の人物になり、このツテでフランス国王ルイ15世の知遇を得、空き城だったシャンポール城に自らの研究室を設置する許可を受けている。
 フランス王宮内ではこの得体の知れない人物の出現に反発が起こり、特にルイ15世に仕えていたショワズール公爵はサンジェルマンを失脚させようと道化師を雇いサンジェルマンに変装させ、社交界に出入りさせほら話を吹聴させサンジェルマンを貶めようとする。しかしかえってサンジェルマンの神秘性を高めてしまう結果となりショワズール公の目論見は失敗する。しかし王宮内の反発は強く、結局サンジェルマンは1760年にスパイの嫌疑を受け、フランス王宮を追われることになる。

 フランスを追われたサンジェルマンはフランスの宿敵ドイツ・プロイセン王国に現れ、フリードリヒⅡ世の庇護を受けるがここも一年ほどで辞去し、ヘッセン領主の元で顔料の研究を行う。そしてその地で1784年2月27日に93歳で亡くなったと記録上では記されている。

 ところが、サンジェルマンはその後も幾度か姿を現したという証言がある。ルイ15世が亡くなりルイ16世統治のフランスでは革命前後にサンジェルマンが現れたと複数の人が発言しており、ルイ16世と王妃マリーアントワネットに面会して退位を勧めたとの証言もある。さらにその後エジプト遠征中のナポレオンの前に現れたという話や、南北戦争中のアメリカに現れたとの証言、さらに1939年、ナチスドイツが興味を持っていたチベットでアメリカ人の飛行士がサンジェルマンと名乗る西洋人の僧侶に出会ったとの話もある。

 さて、数世紀に渡って世界中に現れたサンジェルマン伯爵というのはどんな人物だったのだろう。少なくとも18世紀に実在した人物であるというのは確実なようである。ただ、「一人とは限らない」という条件付きであるが…。大胆に推理してみようか。
 まず18世紀初頭にイタリアに現れたサンジェルマン伯爵と中盤にフランスに現れたサンジェルマン伯爵は別人と考えた方が辻褄があいそうである。後者が前者になりすましていると考えれば時間的な疑問点(外見が変わらない)は解決が可能であろう。40年の歳月は記憶の細かい部分が薄れるには十分であるから、服装や髪型を似せて相手の話に合わせれば何とかなる可能性が高い。こうして不老不死の神秘性を備えた「サンジェルマン伯爵」がパリで誕生したと考えるのがもっとも自然であろう。
 舞踏会で執事に「彼は本当に数千年生きているのですか?」と訪ね「お答えできません、なにしろ私は旦那様に仕えて300年しか経っておりませんので」という問答や「自分は不老不死の妙薬とカラス麦しか口にしない」という発言も自らの神秘性を高めるための演技であったと思われる。

 ただ、それにしても分からないのが彼の目的である。彼はルイ15世やフリードリヒ2世など当時のヨーロッパの王侯貴族に接近したが、それほどの見返りは受けていないようである。ルイ15世からシャンポール城の使用許可は受けているが、領地などを受け取ったという具体的な話は伝わっていない。フリードリヒからも同様である。それ以前に彼の出で立ちや膨大な知識を得るためには相当の財産がないと身につけられないと思われるが、そんな財産を持っていてなおかつ各地を流浪し「ペテン師まがい」のことを続けていたのか?その動機がはっきりしない。サンジェルマンの正体の一つの説に「多重スパイ」だったという説がある。確かに社交界に出入りして情報を得るというスパイならあり得そうであるが、フランスでは追放に遭っているようにこれも今一つ確証にかけるような感じがする。
 こんな疑問を感じた人物はほかにもいて、フランス皇帝ナポレオンⅢ世はサンジェルマン伯爵に関する情報を集めていたが、1871年にテュイルリー宮殿の火災の際ほとんどが焼失してしまっている。もしこの資料が残っていれば、サンジェルマン伯爵の正体の一端が見えたかもしれないと思うと残念ではある。

 余談ではあるが、サンジェルマン伯爵の研究家によれば彼は1984年から日本に滞在しているらしい。この翌年、日本はプラザ合意を受けて「バブル景気」が始まっている。この「現在の錬金術」はサンジェルマン伯爵の好奇心を大いに満たしただろう。だがそろそろ日本にも飽きられたころではないだろうか?もし次なる研究のテーマが見つかって旅立つときには、是非一言声をかけてほしいものである。

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サンジェルマン伯爵を描いたとされる肖像画。壮年の男性に見えるが、実年齢ははたして何歳なのだろうか?
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by narutyan9801 | 2013-04-26 09:06 | 妄想(オカルト) | Comments(0)